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川越徘徊2011春(後編) [days]

さて、川越徘徊・春の後編、勢いあるうちに書いておかないとまた秋になりそうなのでささっと。

中編は喜多院を出て成田山のカメで和んだところまででしたね。
じゃあ続きは、今回の終点である蔵づくりの街までの道中、ふらふらしながら撮ったのを紹介していきます。
使ったレンズは断りのない限りはCHINONの28mmです。クローズアップレンズはつけたり外したりしてます。

まずは看板2つ。

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1.2.どっちも市内局番が1ケタです。ということは市外局番は5桁か。
   今は3桁-3桁、これは2001年に変更になってます。
   ということで2世代前の電話番号を掲げてます。
   どっちの店も元気があるかどうかわからないけど営業中です。
   ちなみに、ここからそう遠くない商店街の中には、ガラスに3桁の電話番号を書いた店があります。
   営業してるかどうかはわかりませんが、昔ながらの土間がある構えで、いつも開いています。

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3.ここも喜多院からそう遠くないところです。この昭和感あふれるろうじがいいです。
  ※ろうじ:僕ら尼崎の子ぉは路地を『ろおじ』と発音します。
  書き言葉としては便宜上、『ろうじ』って書きます。僕は。

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4.こんなありふれた、でも新しい住宅街ではまずお目にかかれないトタンの波板、メーター、植木鉢の3点セット

大正浪漫夢通り、もともとは銀座商店街っていう名前でした。
アーケードもあって、昭和の香りがする、やや終わった感のある大好きな雰囲気の商店街でした。
が、平成7年にアーケードを撤去し、電線を地中化して見た目をきれいに、そして大正浪漫を意識した商店街に生まれ変わりました。
たぶん、お店の若い衆が知恵を集めて企画・実行したのでしょう。
私は古臭い感じの商店街が好きでしたが、それはたまに訪れる人間の単なるノスタルジー。
ここの人らはここで商売してます生活してます。暮らしていくためには、あのままではダメだったでしょう。
物好きな人以外、足を向けないと思います。これはこれで雰囲気づくりは成功でしょう。
大正浪漫夢通りの歴史

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5.そこの入り口(川越駅側)にこんな店が。なんでブースカなん?
  メインは目玉おやじやしロボコンまでいてるし。何屋さんかな、入ったことないわ。

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6.店先にある瓶コーラの自販機。こういう説明つけなあかん時代なんですね。。

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7.商店街の端から端まで、チビ鯉のぼりが泳いでました。子供らの『ぬり絵』なんだそうです。

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8.7は50mm(銀塩換算75mm)の中望遠、これは300mm(換算450mm)の超望遠で引き寄せてみました。

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9.この日の主目的はこの『太麺焼きそば』。一応、川越名物ってことになってます。B級の。
  ウォーターボーイズで有名な川越高校(かしこい学校です)の近くの『みどりや』が有名ですが、
  今回のコースではちょっと遠いので、この浪漫夢通り脇の『まことや』に行きました。
  何の変哲もないソース焼きそばですが、ご覧の通り麺が太いんです。大(2玉)で500円です。
  蔵づくりの町にも太麺焼きそば出す店がありましたが、多分パッチもんです。

さて、次からは蔵づくりの町の観光写真です。ここらへん、何回も行ってますが写真は初です。

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10.ここ、バス通りなんですが観光客があふれて危ないので歩道を広げました。

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11.これはもしかしたら建てなおしたのかも知れません。

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12.掛軸と額縁の製造・販売をするフカゼンは旧くからあるので、当時の建物かな。

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13.時の鐘を、何の技巧もなく28mmで撮ってみた。

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14.人力車のお兄ちゃんが女の子らに一所懸命説明してた。

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15.道を大きく入れるのが好きなのでしゃがんでローポジションで。

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16.15を撮った近くにメーター三兄弟、真ん中の長男は家を出たのか?
   道ゆく人に正に『何撮ってはんの?』的な目で見られました。ええやん、ほっといてんか。

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17.風鈴がちりんちりん。風に揺れるもの、揺れて撮りにくかったです。値札がついてて不粋ですが仕方ないですね。

というわけで、2011年春の川越徘徊、これにて終了です。
ま、近いんでちょこちょこ行きますし、初夏編とか真夏編とか(なさそう)、秋編とかもあるかも知れません。
その時はまた。
こんな長くてダラダラした、観光案内にもならないようなもの、最後まで見てくださってどうもありがとうございました。
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見たよ! 6

コメント 3

やまべぇ

メーター三兄弟、パチパチと火花出そうで良いね~(^。^)

街スナップだと望遠はそんな使わないだろうけど、欲しいって思う事ない?
俺はあれも撮りたいこれも撮りたいと節操ないんで(笑
高倍率のネオデジは便利ではあるけど恐ろしいくらい画質粗い。。。
by やまべぇ (2011-05-09 19:46) 

だめぽ

やまさん、どぉもー

三兄弟、ええ感じっしょ。
15の写真を撮った位置のすぐ近くだったと思うよ。
この通りに面したところでこんなのに会えるなんて(笑)

街撮りで望遠は欲しいって思ったことないなぁ。
その焦点距離なりの写真を撮るっていうか、撮れるものしか撮らないっていうか。
そりゃ、例えば屋根の上の風見鶏なんかをアップで撮りたくなったら付け替えるかもだけど。
レンズ交換邪魔臭いし、55-200つけたら今度広角側で寄れないから。。
けど8の写真みたいに、あれば使ってみようって気にもなるけど。

結論:街撮りは欲張ると面倒だ(笑)
by だめぽ (2011-05-09 21:28) 

枚方市民

埼玉県はタモリがダ埼玉と発言したように特産品も観光地も少ない印象がありますが、川越市と秩父地方は埼玉県で数少ない観光地と感じます。

川越市の市外局番、1963(昭和38)年時点でも0492でしたから昔は9桁でした。川越2は1970年に22へ変更、現在は222へ再変更されています。
今の川越MAは0492##の枯渇で800番台の市内局番(市外からだと0498##)が使われるようになりました。

我が枚方市は1963年当時は0720の市内局番は4局(香里園局管轄の光善寺地域は3局)でしたが、
1965年に市内局番が香里園31、枚方41、牧野57、津田58、交野91へ変更されました
(後に中宮49、東香里52を新設)。
4-2###は枚方、4-6###は牧野、4-8###は津田だった時代もありました。

20世紀最後の元日に市外局番を072へ、市内局番は8##(市外からは0728##)へ変更されています。

0728は1963年時点では豊中市の大半と吹田市北部で使われた市外局番で市内局番は2局したが、
1965年に大阪市内への通話料金を安くするため068へ変更され
(豊中市庄内や吹田市南部がもともと06-3##-なのもある)
と同時に豊中局は52局へ、服部局は62局へ、山田局は72局へ変更、
1973年10月から06-8##-へ変更されています。

by 枚方市民 (2015-05-23 13:30) 

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